愛知万博回顧録の記事 (1/1)

愛知万博回顧録

★★★★★ 今日のギリシャ人 (2008/06/29) ★★★★★
名大留学生として来日していたエレーニが諸事情で帰国することになり帰国直前1週間中島家にホームステイ。彼女が居なくなるととうとう万博で知り合ったギリシャ人が周りからいなくなる。。

★★★★★ 今日のギリシャ人 (2008/06/14) ★★★★★
地震の被害を心配してエリザベスからTELが。本当に優しい子だ。

★★★★★ 今日のギリシャ人 (2008/03/19-30) ★★★★★
とうとうギリシャへ。「藤が丘歩いてたら封筒が落ちていた。あけたらギリシャ行きのチケットが4枚入っていたんだ。警察に届けるべきかなぁ?」とみんなにメールしたら狂喜してくれました。時間とお金とその気さえあれば会えるんだ。同じ地球に住んでいるんだから。詳細は「遊びに行こ」参照。

★★★★★ 今日のギリシャ人 (2007/09/15-17) ★★★★★
Elsaエルサと涙々の再会。秘密にしていた子供達は突然地下鉄改札にエルサが現れびっくり仰天。3日間中島家にホームステイし、さよならも涙々。






★★★★★ 今日のギリシャ人 (2007/09/03) ★★★★★
エルサから「今月日本に行きますよ」とメールがあり、直後にTELが。信じられない。またいつか会えると信じていたけど本当に会える日が来るなんて。

★★★★★ 今日のギリシャ人 (2007/04/07) ★★★★★
10月に帰国したエレーニが再度来日し再会。
名古屋大学の招待留学生としてこれから2年間の日本生活だそうな。

★★★★★ 今日のギリシャ人 (2006/08/24) ★★★★★
エレーニからTELあり。
仕事で日本に来るとのことで数日泊めてあげる事にしました。

★★★★★ 今日のギリシャ人 (2006/08/01) ★★★★★
ディミトラからTELあり。懐かしくって半分泣いてました。

★★★★★ 今日のギリシャ人 (2006/06/27) ★★★★★
エリザベスからTELあり。懐かしくって泣きそうになりました。

★★★★★ 今日のギリシャ人 (2006/03/05) ★★★★★
エルサの誕生日にTEL。インフルエンザでダウンしてました。

★★★★★ 今日のベルギー人 (2005/12/25) ★★★★★
クリスマスパーティの最中にクリストフとSkeypで話しました。

★★★★★ 今日のギリシャ人 (2005/12/25) ★★★★★
エリザベスとSkeypで話しました。懐かしくって泣きそうになりました。

★★★★★ 2006/02/25 ★★★★★
とうとうなくなっていました。ギリシャ館。。。
跡形もなく消え去っていました。
GC3サバイバルゲームでは銀メダルでした。
でもあの青く美しかったパビリオンは心には永遠に残ってます。
エフカリストーン ヘラス パブ、アディオ

★★★★★ 今日のギリシャ館 (2006/02/19) ★★★★★
Dvc02870驚異の往生際の悪さで未だ健在のギリシャ館。次週こそ、ついに涙の最終回か!
風前の灯ギリシャ館!
 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
いよいよ本編の開始です。 

 
中島さんちほど、この愛・地球博というものを満喫した家族はいないと自負しております。

日本政府・愛知県・トヨタを含む地場企業・120を超える参加各国は、日進市に居を構えるごく平凡なこの中島家という一家族のために膨大な資本や労力を投入し愛地球博を実現してくれたと頑なに信じています。

当初はこんなことになるとは夢にも思っていませんでした。
しかし気が付くと家族一丸となってギリシャ館・ベルギー館の若い外国人スタッフ達のお世話に奔走する毎日となり、かけがえのない日々を過ごすことができました。元来外国人と交流するのが好きだった私だけでなく、英語全くダメなかみさん藤代、ECCに数年通っているがABCすらままならない小3唯、名前だけ国際的な年中希純にとっても素晴らしい半年であったと思います。

色々なことがありすぎて、今となっては何をやっていたか思い出せないため、自己回顧の意を含めてまとめたいと思います。
 
 
 
★元々は反対派

 そうです。思い起こせばどちらかというと反対派でした。
 家から近い青少年公園がメイン会場であり、元来外国人との交流を積極的にやっていた私にとって非常に興味はありましたが、万博をやる理由と必要性が理解できませんでした。

 ・莫大な税金を投入してまでやることなの?

 ・海上の森を壊してまでやることなの?
  壊すのは簡単だけど、誰か戻してくれるの?

 ・交通渋滞で直接的被害を被るのは我らジモティー

 ・名古屋オリンピックの呪縛から解けず「やっても失敗するだろう」

 ・弁当がだめ?食中毒が理由?理解不能。

 ・入場料5000円って何?
  パーク&ライド3000円って何?
  1回行くのに家族で2万近くかかるぞ?

 ・堺屋太一さん、みんなで議論に議論を重ね決めたことをよそ者が
  ぶり返すなよ。嫌いなんだよなそういうの。
 
 
 
★来園一回目

 会社から入場券が支給されたこともあり、4月上旬の平日の業務終了後同僚たちと来園。その時の感想は

 ・シャトルバスの運転手全くやる気なし

 ・人もまばらで閑散とした雰囲気。

 ・食べ物もアホみたいに高い。

 ・マンモスも見えなければ、ほとんどのパビリオンも早々に閉館。

 ・日本館の待ち時間30分を見て「30分も待てるか!」とパス。
 (30分で見られたなんて今では驚異)

 率直な感想は「これは失敗だ。二度と来るか」というものでした。
 
 
 
★リオとの出会い

 そんな4末、とあるつながりで希純のサッカーチームの練習にギリシャ館のリオとベルギー館副館長クリストフが遊びに来てくれました。練習後、全く日本語のできないクリストフにインチキ英語で話しかけ、午後から万博会場へいくことを告げ、そこで会うことにしました。会場到着後、ギリシャ館でリオに会い、ベルギー館でクリストフにビールをご馳走になり一旦別れました。その後家族でGC1を巡っていたら、クリストフとリンに出くわしビールのお礼を述べたところ、クリストフは言いました。「It's my pleasure」。英語での常套句ですがその時気づきました。そうです相手をもてなすことは文字通り「It's my pleasure」だと。

 そして夜はリオのお誘いでギリシャ館スタッフと夕食をともに。

 この日からです。日に日に加速度をまし全てが変わったのは。
 
 
 
★地元代表

 リオを起点に友達の輪がどんどん拡がり、最終的にはGC3・4を中心に50名ほどのスタッフと懇意になることができました。
 付き合いが深まるほど「世界各国からわざわざ来てくれたみんなに嫌な思いをさせるのは日本の恥!」と変な責任感が芽生え、地元代表を気取り「みんなに純粋にいい思い出だけを持って帰って欲しい」と考えるようになりました。

 クリストフから言われた「It's my pleasure」の精神。
 
 
 
★ハタ目より大変

 スタッフ達のストレスや悩みは想像以上。
 異郷の地での生活、慣れない共同生活、人間関係、無礼な日本人客などなど「もう国に帰りたい」と涙を流しながら悩みを訴えられるときもありましたし、20代の若い男女が中心なので色恋のトラブルも多々あり。

 長時間並んで文句をいう奴、並ぶのが嫌で裏口から入る奴、断りもなく写真を撮る奴、注意しても開き直って暴言をはく奴、色々なウソをついて何とか入館しようとする奴、万引き、盗難、盗撮、無銭飲食・・など日本の恥さらしは後を絶たず。本当に嫌な思い出です。

 いつも彼女達に「どんなに疲れていても子供には笑ってあげなさい。冷たくするとその子は一生ギリシャを嫌いになっちゃうよ」と言っていましたが「わかっているけど本当に笑えない日もある。。」と。
 
 
 
★3つのラッキー

 ここまで万博にのめり込めたのには3つのラッキーがありました。

 1:万博会場は我が家から15分程度だということ。
   やはり近隣でなければあぁも何十回も行けなかった。

 2:姉が万博会場から1kmくらいのところに嫁いでいたこと。
   進入禁止区域の許可書を姉から入手することができ、車で
   そこまで行き、あとは鼻歌まじりのサイクリング。
   ボッタくり駐車場にも、いつ乗れるか分からないリニモにもお
   世話になることもなく、愛車イプサムで家族・スタッフ・友人
   の送迎も可能に。

 3:リオを通じて、色々なスタッフと懇意にさせて頂いたこと。
   他の方には申し訳ないと思いつつも、長蛇のドイツ館も含め
   ほとんどのパビリオンは待ち時間なしのイージーアクセス。
   後半の異常な入場者数の頃には、逆に並んでみたくなり可
   能な限り並んでみました。
 
 
 
★会場外での交流履歴

 4/30 サッカー at 日進東山グランド
     リオ・クリストフと初めて会う。

 4/30 食事 at 本郷のスペイン料理屋
     エルサを囲み夕食。これが彼女との初めての出会い。
     印象は「明るい娘だなぁ。僕が20歳若かったら。。。。」

 5/4  飲み会 at 本郷
     リオ・エルサ・エリザベス・クリストフ・リンを囲み11名で
     ドンチャン騒ぎ。
     ドテ煮やこんにゃくはイマイチそうだった。

 5/15~第1回EXPOフットサル at 長久手
     毎夜毎夜応援に。

 5/20 ギリシャナショナルデー
     式典に招待される。
     政府の要人が目の前にいるのに「この人達は○○です。
     大丈夫です。みんな日本語わかりません」と言っていた
     毒舌娘1名。
 
 6/6  たこ焼きパーティ at 義妹家
     リオ・エルサ・クリストフを囲み10名でたこ焼きとお好み
     焼きを食す。

 6/14 ベルギーナショナルデー
     クリストフからナショナルデー用にビデオの借用依頼。
     併せて式典に招待される。
     当日は政府や王室の要人接待でクリストフはピリピリ。

 6/中 クリッサと電気屋巡り at 日進
     クリッサと電子辞書・mp3プレイヤーを買いに数店巡り。
     夕食は日進のイタ飯屋で。

 6/26~第2回EXPOフットサル
     また、毎夜毎夜応援に。
     ベルギーからきたリンのお父さん・お母さん・妹とも交流。

 6/29 奈良ツアー
     エルサとクリッサを連れ奈良の東大寺へ。
     ちまたでは「水不足」なのに、行く途中この世のものとは
     思えないドシャ降り。さすが雨女エルサ。

 7/3  希純の誕生パーティ at 中島家
     クリストフを含め9名でホームパーティ。

 7中  クリッサのお母さんを送迎。
     クリッサのお母さんとおばさんが来日した際、たまたま
     藤が丘でタクシーが来ず困っている一家を発見。家ま
     でタクシー代行。

 7/16 ファラと食事 at 日進サイゼリア
     リンと20歳離れたファラと夕食。
     唯とファラは言葉は通じずもはしゃぎまくり。

 7/23 ホームパーティ at 義妹家
     リオ・エルサ・エリサベス・クリストフ・リンとホームパーティ。
     みんな死んでも生の鶏肉は食べようとせず。

 8/11 電気屋巡り at 日進
     エルサとクーラーを買いに行くも購入せず、結局冷風機を
     貸与。
     夜は彼女の家でザジギを食べる。
     この夜初めてディミトラと会う。

 8/14 郡上ツアー at 藤代実家
     エルサ・クリストフ・日本館のリーサルウェポンマイコを連
     れて総勢10名で藤代の実家へ。
     八幡散策→郡上城→吉田川遊び→藤代実家BBQ→徹夜
     踊りのフルコースで帰宅はam3時。
     郡上で小学校の先生をしていたオーストラリア館ネリ様ご
     一行も偶然来ていました。

 8/28 川遊び at 根尾川
     リオとクリストフを連れ根尾川へ。

 8/28~第3回EXPOサッカー
     またまた、毎夜毎夜応援に。
     マルティナと初めてじっくり話す。
     北欧館エルナとも知り合いになる。

 9/3  京都ツアー
     エルサを連れ、平等院→清水寺→金閣寺→嵐山→西京極
     のフルコース。
     帰りは強烈な睡魔と戦いながらam2時帰名。

 9/11 富士山ツアー
     エリサベスを連れ、白糸の滝→2号目→三保の松原へ。
     天気がイマイチだったのが心残り。

 9/21 エリザベス誕生パーティ at シャルムアスカ
     ギリシャスタッフ多数、クリストフ、マノリス、ラモン、警備
     の陽一君、ブルガリア館スタッフなどあり得ないほどシャル
     ムアスカに上がりこみ夜更けまでどんちゃん騒ぎ。

 9/25 さよらなパーティ at ギリシャ館
     最終日閉館後ギリシャ館のさよならパーティに参加。
     ディミちゃん踊りまくり。
     館長とかみさんが写真を撮るも「写真がもったいなぁい。
     大丈夫です日本語わかりませんから」と叫ぶ毒舌娘1名。

 9/27 焼肉会 at 藤が丘がんこ亭
     クリストフ・レンス・ピーワイ・ヤキン・フレアを含みベルギー
     館スタッフ達15名とドンチャン騒ぎ。
     フレアともっと話しておけばよかった。
 
 9/28 さよなら会 at 中島家
     シャルムアスカで家財道具の始末のお手伝いをしてから、
     エルサ・エリサベス・ディミトラと来日中のエルサの兄の彼
     女エレーニを呼びホームパーティ。
     すき焼きの生卵と納豆を無理やり食べさせた。
     
 9/29 荷詰め & さよなら会 at 本郷万歳
     いよいよ迫る別れを感じながら、荷詰めの手伝い。
     エルサ・エリサベス・ディミトラ・エレーニとシャルムアスカ
     隣の万歳でさよなら会。

 9/30 マレーシア隊見送り at セントレア
     マレーシア旅行経由で帰国するエルサ・ディミトラとエリサ
     ベスを見送り。
     当てのない再会を約束し、涙々のお別れ。

 10/15 お帰り会 at 星が丘風来坊
     マレーシア旅行から帰ってきたエリサベスを囲み食事。

 10/16 餅投げツアー at 刈谷
     エリサベスを狂乱の餅投げへ連れ出す。
     餅だけでなくハッピと足袋もゲット。

 10/? 航空券 at 藤が丘HIS
     帰国用のチケットの支払いをしに旅行代理店へ同行。

 10/23 町内運動会 at 相野山小学校
     エリサベスとタイ旅行から帰ってきたクリストフを町内会
     の運動会に参加させ、借り物競争と綱引きに出場させる。
     借り物競争で漢字で「九」と書かれた紙をとった日本語さ
     っぱのクリストフから「what's this?」と聞かれたエリサベ
     スが「きゅう!」とシャウトしていたのが笑えた。

 10/23 エレーニ見送り at セントレア
     急遽帰国することになったエレーニを見送り。

 10/27 エリザベス見送り at セントレア
     マレーシア旅行から帰国後、我が家に居候していたエリ
     サベスを見送り、涙々のお別れ。
     飛行機が見えなくなるまで手を振り続ける。

 12/10 ベルギー館スタッフ飲み会 at 藤が丘
     レンス・ヤキンを含み、東京・大阪・京都からベルギー館
     スタッフが集結し早すぎる同窓会。
 
 12/末 クリスマスプレゼント
     期間中こまめに録画していたみんなとの生活を、なんとか
     2時間DVDにまとめ、仲良しスタッフみんなへ郵送。
     相互してカードやプレゼントが届く。
     Skeypで「DVD届きました。見て泣きました」と連絡あり。
  
 
★万博でよかったこと

 ・たくさんの目の色の違う家族ができた。
  みんなの名前が出ない日は1日たりともありません。
  みんなの事を考えない日は1日たりともありません。
  だって家族ですから。

 ・長年勉強してきた英語が役に立った。
  何のために勉強していたかわからなくなる時もありましたが、この
  万博のために長年勉強してきたと気づきました。
  
 ・家族みんなで楽しめた。
  各々が楽しみを見つけて遊びまくり。
  「今日は行く?」でなく「何時に行く?」の毎日でした。
 
 ・運動不足が解消され中性脂肪が半減。
  炎天下死ぬほど歩き、死ぬほど汗をかき健康的な毎日。

 ・こういう時のために希純という名前を授けたことが花開いた。
  どの国の人だろうと「KissMe」という名前でつかみはOK。
 
 
★万博について辛辣な意見

 ・芸能人に頼りすぎ

 ・エコを考えているスタッフなんてほとんど皆無。
  フィジーのケレラだけだと思う。
  テーマに即していたのはUSAとUKだけであとは観光案内。
  
 ・営利目的でやってないのに「高い金だしたんだから」的な発想
  の非礼な日本人多すぎ。
 
 ・食べ物高すぎ
 
 ・日陰少なすぎ
 
 ・予約できなさすぎ
 
  
★心残り
 
 ・3人娘をもっと旅行に連れて行ってあげたかったなぁ。
 ・エリザベスを銚子川に連れて行きたかったなぁ。
 ・エリザベスともっとRock談義したかったなぁ。
 ・みんなを三国山に連れて行きたかったなぁ。
 ・もっと行っておけばよかったなぁ。
 ・ピンバッチもっと早く知ってればよかったなぁ。
 ・ギリシャフレンドシップ落とすんじゃなかったなぁ。
 ・リトアニア琥珀バッチ落とすんじゃなかったなぁ。
 ・ナスティアと写真撮りたかったなぁ。
 ・もう10才若ければなぁ。
 
 後悔先に立たず。
 
 
★閉幕後

 振り返ると愛知万博という一大イベントが本当に存在していたのかわからなくなります。手元に残ったピンバッチやみんなとの生活をまとめた映像をしげしげと眺めながら、楽しかった日々を思い出すことしかできません。でも、こんなエキサイティングな1年はありませんでした。最終日、出口でボランティアとお客さんが「ありがとう」「お疲れさま」と涙を流して握手し合っていたのはちょっと感動的なシーンでした。「人間っていいなぁ」って感じです。
 今でも、自国に帰ったみんなとはSkeyp、e-Mail、手紙でマメに連絡をとっています。やはり家族です。「1日も忘れないよ。いつくるの?ホテルは心配しないで。家族も会いたがっている」と声を揃えて言ってくれるのは何よりうれしい限りです。若い彼らのこれからの人生に多くの幸せと成功が訪れるよう祈ってます。

 地元でこのような一大イベントが開催され、参加できたことに誇りと感謝の意を覚えます。
 多分、マンモスがどうとか、トヨタ館がどうとか、サツキとメイの家がどうとか、ピンパッチがどうとか、ユーミンがどうとかでなく、こういう市民レベルの交流が万博の本意であったのではと信じています。
 
 今年はギリシャへ行ってもてなしてもらうぞ!

2006/01/09