1.山登らーの記事 (1/5)

中ア縦走 (南駒ヶ岳2841m → 仙涯嶺2734m → 越百山2613m、生きて還える事)

「今年のカレンダーを見て愕然、土日に被る祝日が3日もある」というネット記事を読み、「えぇー、そうなんだ」と諦めていたが、何と我が社は全て振替休日の措置があった。 それにより今週末は3連休。 「ここで行かねばいつ行く」と、以前中ア通から「南駒は越百の倍キツイすよ」と聞いた、憧れの南駒・仙涯嶺・越百縦走へ向かう。 雪がない季節ならともかく、残雪多いこの季節に、とてもこの周回コース25km・標高差1800m、累計標高2700mを日帰りで回る自信はない。 立てた計画は擂鉢窪避難小屋一泊。
BTW、猿投山行方不明者の捜索に明け暮れたここ1ケ月、発見できていない状況で他の山に行くことは気持ち的に整理がつかないが、この棚ボタはおいしく頂こうと。
しかし、不明者捜索を機に登山と命について色々考えていたが、よもや自分の生命の危機を本気で案じる山行になるとは思っても見なかった。

いつもの駐車場で車中泊。 誰もいないと思っていたが空木日帰りの男性がおり会話。
私 「南駒、避難小屋泊の越百縦走です」
男性「擂鉢窪の避難小屋?。。。あそこで数日前に死後だいぶ経った遺体が見つかったらしいです」
私 「えぇ。。。(絶句)」
どよーんとした気持ちのまま、稀にしか使わないGregory62Lに水3.5L、2日分の食料、雪具、防寒具を詰め、朝5:30エントリ。
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「数ケ月前ならともかく、数日前って。。。オレが発見後初宿泊者のはずやん」と、避難小屋に泊まるべきか悶々としながら林道を歩き、6:00登山口へ。 最初から出ている結論は「シュラフも持ってきていないので泊まるしか選択肢はない」
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急登が延々と続く。キッつー。
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2時間で1850m見晴らし台。 美しい御嶽を見て、再び奪われた多くの命について考える。 しかしあまりにも遅い。 「まぁ夕方までに避難小屋に着けばいいし」と余裕をかます。 こういう点が14時着でも「遅い!」と怒られる山小屋と違って気楽なところである。
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ほどなくノリダーも見えてきた。 もう既にヘナヘナ。 重い身体と重いザックを恨む。 私も「ダイエットのために登山する」派であるが、全く間違っていた。 登山とはダイエットしてから臨むものである。
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明日登る越百がどっかーんと見えだした。 「へぇー、こっちから見るとこんなに勇ましいんだぁ」と不思議な感じ。
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越百小屋も見える。 「へぇー、こっちから見ると、あんなコルにあるんだぁ」と不思議な感じ。
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大幅省略で、12時前にようやく南駒が見え、ここからアイゼン着。 バテバテで食欲も全くなく、さほど喉も乾かないため、ほとんど何も口にしておらず、ザックが軽くならない。
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植物限界点前のハイマツ地帯。 アイゼン脱ぐタイミング判らず岩場も履きっぱなし。 あまり人が歩くルートでないのもあり、ハイマツが足に絡みつき歩きにくい。
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空木もくっきり。 えぇー天気でよかった。 最高の天気である。
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明日の御馳走、仙涯嶺→越百の稜線。
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ニセピークに騙されること数回、その度に折れそうな心を立て直し登る。 まだ頂上に辿り着かない。 ガスってきた。
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ここまで断続的に現れる雪庇を注意深く乗り越える。 ここまで誰一人とも会っていない。 この先も誰にも会わないだろう。
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慎重に雪のナイフリッジを渡る。
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15:30やっとこさ念願の頂上。 ここまで10時間、笑えるほど遅い。 時間に余裕があるのをいいことに、普通の2倍の速度で贅沢に登ってきたが、体力のかけらもないぐらいにヘナヘナなのが実情。 ピークハントできたが惨敗である。 明日朝またここに戻ってこなくてはならない。
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絶景やぁ。 素晴らしい天空のルート。 いい稜線。 明日の御馳走を前にヨダレが垂れる。
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しばし絶景を楽しみ、今日のお宿、いわくつきの避難小屋(写真中央の赤い点)へ300m下りらなければならない。 唯一のルート赤梛岳間コルからのルートを確認しに行くと絶句、完全に雪に閉ざされている。 「やっばぁー、ここはいくら何でも下れん。 500%滑落するわ」と引き返し、頂上から下りれそうなルートを探す。 何とか行けそうなルートを見つけ、シミュレーションしてから、心を決める。 ザレ場を下り、雪渓を三点支持のキックステップで慎重に横断。 続いてハイマツ藪漕ぎ、再び雪渓を木につかまりながら何とか300m下り切った。
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見上げると絶句。 完全に雪壁に閉ざされた世界。 こんな所に降りて来たことが正解だったのか、明日登れるのか。。。と絶望的な気分になる。 思うにここで亡くなった方も、この雪壁を登り切ることができずに小屋で衰弱死したのであろう。
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「とにかく室内に」と、避難小屋の扉を開ける。。。ビクともしない。。。「えぇー、まさかの!!」と絶叫。 こんなところで締め出されては死しかない。 よく見ると「こちらの扉は冬場は閉鎖してます。東側へ」の張り紙。 「何だ、びっくりさせるなよぉー」と東の扉へ廻り、ノブを回し、扉を左にスライドするが、これまたビクともしない。。。。誰もいない雪山で二度目の「えぇー、まさかの!!」が雪壁にこだまする。  よぉーく見ると「ノブを回して普通のドアのように押してください」の張り紙が。。。スライドでなく、押してみると開いた。 ホっ。
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恐る恐る扉を開ける。 人が死んでいようが構ってられない。 自分の命の方が大切である。 体力を回復しなければ明日はない。 バナナとアミノ酸を胃に流し込み、とりあえず仮眠するが、雪でベタベタになった身体が冷えて足攣りまくり。 誰もいないので毛布4枚を使い暖をとり、コムレケアを飲み、何とか痙攣が治まった。 この毛布が異様に臭い。 人生で嗅いだことのない臭さ。 想像はつく。。。が、そんなことは構ってられない状況。 自前のネックウォーマを鼻にかけ、何とか凌ぐ。 同じ臭さでも慣れ親しんだ臭さの方が数段いい香りに感じる。
ものすごい不安で全然眠れない。 この毛布の臭さは遺体がまとっていたのだろう、何か出るかなぁ。。。という不安なんかより、この雪の壁に囲まれた窮地から自分は脱出できるのか、そんな体力はどこにも残ってない。 大して体力も技術もないのに、好きというだけで3000m級の雪山に挑む自分の愚かさを恥じた。 よく「登山好きは自分が好きで登ってんだから、山で死ねれば本望」というが、猿投山の行方不明者、御嶽の犠牲者、ここで亡くなった方を思うと「そんなことはない、死とはもっと孤独で過酷で苦しいもののはずで本望という死に方は存在しえない」と思った。 かみさんと子供の顔が浮かぶ。 とにかく生きて還らねばならない。 ウトウトしている中、時折、どうにもアイゼンの踏み音にしか聞こえない音が。 何かが小屋の周りを徘徊している。 「こんな夜中に誰が歩くんだ? 違うなぁ。。。熊が扉破って入ってきたらジエンドやな」とビクビクしながら夜を過ごす。
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ほとんど眠れず、暴風で軋む小屋のガタガタ音で朝4時起床。 とりあえず筋肉痛もなく体力回復。 「やっばぁー暴風じゃん。。。」と扉を開けて絶句。。。。「えっ。。。何も見えへん。。。」。 向かうべき南駒がどっちの方向かも全く判らない。 雪、暴風、濃霧の三重苦の絶望的な状況。 明日は雨の予報なので、ここに居座る訳にはいかない。 「できる、絶対できる、絶対稜線まで登り切って見せる」と心を奮い立たせ何も見えない暴風の広い雪原を歩き出す。 稜線まで登り切っても、この濃霧でその先のルートが判るか?ということは二の次。 まずは昨日見た南駒ピークの傍らの岩の赤ペンキ「←コスモ」に辿り着かなければ命はない。 前日踏み跡を強めに付けて下ってきたが、どこをどう下ってきたのかもさっぱり分からない。 トレポを短くし、キャップを外しピッケルライクにし、木に掴まりながら雪の急斜面をよじ登ること30分、幸運にも自分の踏み跡を発見できた。 「これでこの雪渓を横断できる」と光が見えた気分。 難関の雪渓を超えてからはハイマツ踏み倒しとザレ登り。 それにしても凄い風、台風レベルの風速30mぐらい。 分厚い雲の中なので横殴りの小雨同然。 耳元では爆音鳴りっぱなし。 ぶっ飛ばされそうなので、ほとんど四つん這いで急登をよじ登る。 リアル地獄絵図。 こんな3000mの高山で、こんな早朝に、こんな爆風の、こんな濃霧の中、50過ぎたおっさんが四つん這いで何も見えない山頂目指して命懸けでよじ登っているなんて誰が思うだろう。 自分がこの極限の状態にいることが非現実的な悪夢のようだった。 とにかく生きて還ること。 浮かんでくる家族の顔に「絶対できる、絶対生きて還ったる」と何度も声に出してよじ登る。 写真を撮る余裕など微塵もなし。
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6:45、1.5時間の地獄絵図を越え昨日のピーク到達。 ベッタベタ。 ここから翌日まで鼻水止まらず。 とにかく生きていることに感謝。 しかし、このガスの中、この先の長いルートは判るのか。。。。とにかく「←コスモ」を信じて歩を進める。
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南駒第二ピークを越えるがずっと五里霧中。 矢印を信じて進むが、何度もルートは雪で閉ざされ、落ちたら「ハイそれまで」の緊張の連続。 冷静に進めそうなルートを判断し、キックステップとルート無視のハイマツ踏み倒しで、何も見えない雲の中歩を進める。
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ベタベタ+暴風で寒いのなんの。  何も見えへん。 どっちに向かって歩けばいいのか。 筋を間違えたら最後。
しかし50を過ぎ、故親父にそっくりになってきた。
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7:45、「ん??雲の動きが速くなった、来る、来る!」と思った数分後、「来たぁ!」雲一掃。 進むべきルートが見えた。 険しい仙涯嶺を前に天気好転とは。。。ついてる。 進む先が見えるのと何も見えないのでは、カンニングするかしないかぐらい違う。 どこに向かって歩いているのかも判らなかった状況から脱することができた。
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進んでは雪の急斜面にブチ当たり、ここは無理と引き返す。 行けそうなルートを慎重にシミュレーションしながら進む。 ハイマツ踏み倒しでアイゼン引っ掛け何度も転倒、ズボンは左右ビリビリ、腕は傷だらけ。 何とか南駒を抜け、仙涯嶺と対峙。 男前でかっこいい。
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険しい仙涯嶺の岩場を登る。 途中ルートは雪に閉ざされ、見上げながら、「多分あそこに行けば何とかなる」と、雪壁に5キックステップで穴を作りながら、木に掴まり一歩一歩登る。 キツイが楽しいことこの上ない。
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足場もない鎖場を越え、険しい仙涯嶺をよじ登り、9:45ピークハント。
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進むべき越百へのビクトリーロードもクッキリ。 暴風は相変わらず。 暴風に乗じて何度も手バナを噛む。
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ビクトリーロードまで来ると一安心。 下ってきた南駒を振り返る。 「あんな険しい所下りて来たんだぁ」と何度も別れを惜しみ振り返る。 ようやくアイゼンを脱ぐ、というか長年の酷使のためブッ壊れた。  「ここを歩く時に聴こう」と購入後1年温存していた山根麻衣の曲を聴きながら歩を進める。 「今晩何食べようかなぁ」と考える余裕も出て来た。 何気に振り返ると真後ろ1mに30代の男性がいてビックリ。 (小屋から霊を連れて来たと思った) 暴風の中、大声で「まさか人に会うとは思わなかったですよぉー」と叫びながら会話。 風のないところで一緒に食事休憩。 聞くと、朝5時から登り、6時間弱で南駒、仙涯嶺を越えて来たとのこと。。。。絶句、南駒まで10時間かかった私は何者? うらやましい脚力である。 「アミノ酸底ついて、もう足が上がりませんわ」というと、「これどうぞ」とアミノ酸とクエン酸をくれた。 感謝。
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12:00越百ピークハント。 ここに来て、もう命の危機は去ったことを確信した。
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まずは赤い越百小屋まで。 遠いなぁ。 越百ピークからの下山道に入って、8時間も悩まされた暴風音が耳元から消え、ほっとした。
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越百小屋からも長い長い道で、本当に歩くのがイヤでしょうがなかった。 貰ったクエン酸を水に溶かし、これを飲みながら、ガラパゴス象亀の歩みで、ようやく林道に。
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18:00ようやくゲート。 生きて還れたことに感謝。 こんな体力のない人間がエラそうに挑むルートではなかった。 車に乗り、電波が繋がったところでかみさんに一報。
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もはや幻に思える2日目早朝の地獄絵図。 どれだけ危険な状況に陥り、それを脱したかは武勇伝でも何でもない。 むしろ、登山する者としては、その危険な状況に陥ったことを恥じるべきである。 全ては「いかに安全に終えたか」のための計画と行動とそこまでの訓練が登山の本質である。

思い返してみると、たくさんの幸運が重なった。 避難小屋で毛布が4枚使え暖をとれ痙攣が治まったこと、雪渓で踏み跡を見つけれたこと、地獄絵図を乗り越えるのが朝イチの体力がある時だったこと、南駒下りで天気が好転したこと、お兄ぃーさんからアミノ酸を補給してもらえたこと。 色々な幸運に感謝。 しかし自分のダメさ加減が身に染みた山行であった。

帰宅後、息子からは「何か痩せたよねぇ」とあり。
 →2日間ほとんど何も食べてないから当然
かみさんからは「くっさぁー、嗅いだことない臭さ、捨てるよ」と、アイゼンでひっかけ左右破れまくりのズボンをポイされた。
 →あの毛布の匂いである。 
毛布のいわくも、地獄絵図の話も一切言わず、風呂に入り爆睡。 
(すいませんがかみさんと繋がってる人はチクらないでください)。


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ネットで遺体の件を調べた。 空木避難小屋じゃない?と一瞬安堵したが、それは空木の東側だし、ヤマレコに「擂鉢窪避難小屋で遺体を見つけ警察に連絡した」との記事があった。(その方は、遺体と一夜を共にしたはず)


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あんな怖い思いはもうしたくないが、「これ食った」とかの記事をSNSにアップしてる人やゴルフやパチンコで週末を過ごす人達に比べたら何億倍もスリリングな経験ができ、「生」を実感できたと言える。 命懸けで登ったあの脱出劇は一生忘れることがないだろう。

(2017/6/9-10)

(後記)
疲労骨折で足の甲・くるぶしがパンパンに腫れて、一週間経っても痛みが残っている。 それより、あの極限状況が恋しくなってる自分に気付く。。。ヤバイ。

(後記)
遺体発見当日の避難小屋の記事を見つけた。
▽▽▽ 以下引用 ▽▽▽
避難小屋に行くと、とてもショッキングなことになっていた。先着の方が小屋の中に入らず外で泊る準備をしていて、話を聞くと、小屋の中に遺体があって、小屋の中で泊る気になれないのだという。真っ暗で疲れ切った状態だったので、勘弁してほしいと思った。先着の方が小屋の中に遺体があることを警察に通報していたが、それよりも前に警察に通報済みだったようである。仕方がないので、遺体がある小屋の外で星空を見上げながらシュラフに包まってビバークすることにした。
(中略)
翌朝、小屋の中を見ると、食べ物の包装が散らかった中に横たわった遺体があった。腐敗臭はなかったが、肌が黒褐色になっていて、人種が分からないくらいに半ミイラ化していた。
△△△△△△△△△△

10日後、この避難小屋は全面改修することになり、避難者以外は利用するなの号令が管理主体飯島町から発表された。


秋葉山 (866m、親孝行はできる時にやる編)

今日は齢80歳となった母親を誘い秋葉山へ。 小柄で、運動経験もないのに、身体はピンピンしている。 たまに猿投山様には登るが遠征登山は初である。  
選んだのは火の神様「あきはさん」。 みんな「あきばさん」と呼んでいるが誤っている。 秋葉原はこの神様を祭ったので「あきはばら」である。 「あきばさん」が正解なら、「あきばばら」となってしまう。

川マニアなので気田川は何度も来ており、土地勘はある。 天気はいい。 新東名のおかげで、昔より時間はかからない。
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雰囲気のある参道から登る。
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傍らの民家の庭先だが、幾種もの花がすばらしくきれいで見惚れた。
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この登山道、ずっと常夜灯が設置されており、また何町目の碑や標もずっとある。 明示されていないが多分全路50町ぐらい。 
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結構な急登りが延々と続き、やっと富士見茶屋跡。 爆汗だが風が気持ちいい。
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傍らにはハート石が置かれた木。 この先、同じようにデコされたいくつかの切り株に出会う。
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子安観音。 安産成就のため、穴を空けた柄杓が供えられている。 安産成就→底なし柄杓は一般的である。 そもそも妊婦がここまで登ってきたら、流産しそうである。 これ以外にも色々な説明標識があり、登っていて飽きが来ない。
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深南の山々。 富士山もくっきり見えるらしいがガスで叶わず。
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仁王門。 左右に仁王像。
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秋葉寺境内。 神社より古いらしいが、神仏分離の煽りで日蔭の身に。 これまた「あきはてら」でなく「しゅうようじ」が正解。
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巨杉秋葉杉が続々と現れる。 びっくりする位太く、神々しい。 これらだけでも一見の価値あり。
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神門から格下げされた随神門。 ひいこら登ってきて、見えた時は結構感激。
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爆汗で2時間で境内へ。 左の石は神恵岩とやら。 こんな岩にしめ縄して、ご利益を求める人間という生き物はおめでたい生き物である。
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磐田ジュビロの必勝祈願巨大絵馬。 母親曰く「興冷め」と。
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ニノも来たみたい。 母親的には「二の宮君が来てる!」とテンションup。
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予想以上に、登り甲斐があり、面白い登山道で、母親も喜んでいた。 奢るはずで、奢られた、夕食の安い中華料理も喜んでもらえ、いい親孝行ができた一日だった。 この山はお薦め。 
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(2017/5/2)

霊峰富士 (爆風スランプ編)

さぁ、1日早く休んで10連休のGW。 恒例となった富士山登山。 いよいよ日本一高いところでタバコを吸う日が来た。

いつものように国イチをぶっ飛ばし富士宮市イン。
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いつもの銭湯に立ち寄り、20:30 5合目着。 誰一人いない。 ここまでタヌキ2:シカ1という、予想外の結果。
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すごい雪。 登山口は雪の壁になっている。 満天の星を眺めると、数分毎に流れ星。 とにかく寝る。
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朝4時起床。 車は20台ぐらい。 絶対忘れてはいけないサングラスとゴーグルを帯同しエントリー。 のっけから、バッキバキの氷の世界。 ピッケルのアイゼンも歯が立たない。 危ない危ない。
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朝焼けに染まる愛鷹山塊と駿河湾。 日本は美しい。
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前回、足を痛打した、忌まわしき宝永山荘を通過。
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トレースも夏道もない。 妄想のルートをひたすら直登するのみ。
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天気はいいが風が強い。 全然進まない。 7合目3000mを超えると風は更にキツくなり、危険を感じて引き返す人も多数。 
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何とか8合目(3234m)に到着。 爆風で体感はマイナス20度ぐらい。 風を避ける場所もない。 フルフェースで武装しているが、耳元では爆音が鳴り響き、がっしり、もといデブっとたるんだこの身体でもぶっ飛ばされる感じ。
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やっと頂上が見えた。 体力的にも時間的にもまだまだ余裕あるが暴風。 30分風が弱まるのを待つが、一向に好転せず。 「これ無理すれば登れるが、降りるのも命懸けやなぁ。。。 滑落したらマジやばい」と悩んだ結果、ときっぱりと撤退を選択。
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夜のニュースでは、全国各地の強風による事故を伝えていた。 よかった、載らなくて。  
あぁー。。。。2回連続で敗退かぁ。。。。やはり氷の富士山は甘くない。 
そもそも、雪の富士山しか登らないので、敗退確率は高いのは当たり前かぁ。。。
翌日、猿投山に登ると15℃で爆汗。 24時間で温度差30℃以上あり、前日の極寒の世界が夢と思われた。
(2017/4/29)

伊吹山 (笹又谷ルート敗退 & リベンジ)

伏見のオフィスから、ようやく白くなってきた伊吹山地を毎日チェックしている。ずっと前から目を付けているあの谷から伊吹山に登ろうと休暇を取る。 帰宅後、スタッドレスを履いているかみさんの車を借り、20時出発。 関ケ原からは冬期通行止めのため、ぐるっと揖斐川町まで北上し、南下することになる。 まずは大垣コロナで入湯し、ここからカーナビに案内されるまま、どんどん秘境に。 しかし、あんな山深い谷まで車で辿り着けるのか? 目指すは笹又谷.さざれ石公園。


「全面通行止」。。んんん。。。どな訳? とりあえず信じず進む。
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でっかい鹿とぶつかりそうにながらが山道を進む。 予想外の豪雪。 こんな山奥に人間が住んでるのか!という秘境に、急に集落が現れびっくり。 落武者の末裔の匂いがする。 あと数kmでさざれ石公園だが、もうこれ以上は車無理という状況に陥り、路肩に停車しAM1時就寝。
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朝6時起きで入山。 かなりの雪道だが余裕。
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どんどん行くと。。。。何これ。。。ビールの泡さながらガードレールまで溢れた雪。 絶句。 全くの想定外。 ここまで豪雪とは。。。しかもフカフカで人間の踏み跡など微塵もない。 「とりあえず行くしかないわなぁ」と腹をくくり、ズボッズボッと膝上まで埋まりながらラッセル行軍。 ここから終わりなき深雪地獄に。
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たかだか数百メートルに1時間以上かかり、やっとこさ公園トイレに。 ここを右に曲がるのが正解らしいが、道があるとは全く気付かず。 トイレ横にも登山道入り口があったようだが全く気付かずスルー。
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ようやくさざれ石。 全国に「オラが本物」と言っているところが数か所あるが、一応「国家で唄われたのはココ」とのお墨付きらしい。
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まだ直進と勘違いし、五感を働かせ空想の道をラッセルし、リアル雪ダルマになりながら行き止まりの川堰の急斜面もあきらめずに、5キックステップ/歩で登り切る。
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が、もう想像の道も何も見えない状況となり引き返す。 さざれ石横に登山道があったので、これまた登り切るがフェンスで遮られた空間に行き詰まりやはり撤退。(フェンスの間にあったゲートが登山道だったようだ)
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こんなところまで何をしに来たのか訳の分からない1日であった。 裏から見た伊吹は中アの様でとても美しかったのが気休め。 今日の教訓「ルートはちゃんと確認しろ」当たり前か。。。。
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長久手に戻り、いなやで季節外れの冷やし中華を食す。
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二日後(土)も晴天。 表登山道からリベンジ。 旧200円駐車場(300円に値上げ)へ着くと、先日猿投山で登下山を共にした三好の女性と会い、軽くお喋り後、8:30入山。 お手軽雪山なので非常にたくさんの人が登ってる。 1合目から雪でみんなアイゼン装着。 私は3合目までスパイク。
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中間大幅省略で7合目辺り。 気温高過ぎで「夏でもこうも汗かかんやろ」という爆汗。 アイゼンより忘れたら大変!と帯同したサングラス越しでも雪が眩しい。 サングラスを外すと眩いばかりの白銀。 しんどくないことはないが、先日に比べればどーってことない。 なんせ、周りに人間はいるし、踏み跡をなぞればいいので楽である。
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琵琶湖方面はきれいだが、見たかった御嶽、乗鞍どっかーん!はガスで見えず。
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頂上に着いたと同時に麓から正午を伝える♪キーンコーン・カーンコーン♪が。 3.5時間、お得意のだらだら登山。
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帰り際、2日とも揖斐川やら庄内川西区辺りから、御嶽が麓から綺麗に見えること、中ア・恵那もとても綺麗に見えること、にちょっとびっくり。 家の近所よりずっときれいに見える。
「まぁ、当分雪はええ」という感じだが、1日寝れば恋しくなる。

(2017/01/26、28)

雪の猿投山様 (629m)

52回目の誕生日プレゼントは雪。 脅すに脅した天気予報に反し、中途半端な積もり具合。 溶けないうちに登らねばとホームに向かう。 駐車場は空き気味だが、思った以上に登山者は多い。 車に常備しているスパイク3種から一つをザックに入れ入山。


大岩展望台。登り出し0℃であるが、登っていると汗。途中で一緒になった三好の女性と登りも下りも一緒に。
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何百回も通ったいつもの登山道も、いつもと違う。最近ハマっているルートも今日はやめて、人間が歩く道を。
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山頂に近づくと雪化粧が濃くなり、どんどんイイ感じに。
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いつもの東の宮も、いつもと違う。厳かである。
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「うぉー!きれい!」。 いつもの山頂も、いつもと違う。
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私だけかと思ったが、物好きは予想以上。女性も多い。みんな、白いかりんとうと、白い線香花火に「きれー、来てよかった」と声を上げる。」
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予想以上に木々が美しい。
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陽が当たると輝き、美しさ倍増。
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思いの外、私の足元に興味を示された方が数名。 みんな軽アイゼンだが、アイゼンは、脱着が難儀、かじかんだ手ではなおさら、岩場が歩きにくい、緩む、氷がへばりつく、それなりの重さ・金額、履くタイミングが難しい。 そもそも道に優しくないし、そもそも人気のある山の登山道はある程度踏み固められているため、アイゼンでなくても用は足りる。
これに比べ、このスパイクは数秒で脱着可、ヤフオクで500円程度、超軽量。 この手の商品は色々あるが、この10ピンでパカっと履けるモデルが一番良い。 10個のピンのうち、数個なくなっても問題なし。 通勤にも使える。
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(2017/1/15)

雨ケ岳 (1,772m)

2017年元旦、いつものように猿投山に登り、頂上でまったりしていてふと思った「きれいな富士山見たい」。
急いで下山し、富士山が一番きれいに見える雨ケ岳を目指す。
国イチを走り潮見坂で太平洋に沈むでっかい夕陽に感激した後、またまた強烈な睡魔に襲われ藤枝辺りで1時間爆睡。 頭すっきりしたところで、再びアクセルぶっ飛ばし、富士市入り。 食事、風呂を済ませ22時朝霧高原道の駅に。 あっ、歯ブラシ忘れた。


何度も目が覚めたが、まぁまぁ寝れて、朝6時起床。この「朝起きたら目の前に巨大な富士山」という状況大好き。しかし、冷水で口をゆすごうが、キシリトールガムを噛もうが、口が気持ち悪い。
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前夜確認しておいた登山道入り口に停車し入山。
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見慣れた東海自然歩道の指導標がこんなところにあるとちょっと不思議。
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本栖湖を起点に、竜ヶ岳→雨ケ岳→毛無山を縦走する人もいる。
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端足峠まで結構な登り。1時間ぐらい。寒いので汗は出ないが、バテバテ。年末年始休みで加速したデブ度はピーク。
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本栖湖もよく見える、水面が凍っていてちょっとビックリ。
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八ヶ岳と南アくっきり。日本晴れ。
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雲の上に乗った不思議な富士山。
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空は突き抜けるように青い。峠からはひたすら急登2時間。ナメていたこの山、もっと簡単に登れると思っていた。デブピークの身体にはキツイキツイ。
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バテバテで日本一の富士山ベスポジ到着。顔がヤバイくらい丸い。
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何この美しさ!銭湯の壁画そのもの。来てよかった。誰もいない頂上でしばし日本の宝に見惚れる。でも口が気持ち悪い。
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アップにすると、登ってる人も見えそうなぐらい近い。 しかし、前日滑落死亡2件あり、その滑落を目撃・連絡した人も滑落したとのニュースが。 命懸けで登るから感動と達成感があるのだが、それだけでは済まされないのが雪山登山である。
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登りが急登だった分、下山もキツイ。富士山が見える度に休憩しチンタラ下山。出会った人は5人程度。
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帰りも下道。所々渋滞。再び潮見坂の夕陽を見たくて日没までにとブッ飛ばすが間に合わず。何とか無事帰宅し、まずやったことは歯磨き。
前回の「最低な一日」の流れを期待し、「また捕まれ」と期待した人もいるかと思うが、今年の私は一味違う。

(2017/01/02)

霊峰富士 (積雪期+ナイトハイク=敗退、最低な1日)

いよいよ日本一高い場所でタバコを吸う日がきた、と勇んだが。。。。。。最低な一日だった。
この24時間で色々なことがあり過ぎて、何を書いていいかよく分からず。山レポというより、ただの不運な一日の忘備録です。

まず、この一週間超多忙でずっと会社の隣のホテル暮らし。昼か夜か平日か休日かも分からない状況。この時期に富士山に登ると決めているが「今年は無理かも、12(土)以降なら行けるが。。。」と富士土木事務所のスカイライン冬期閉鎖情報を見ると11/10(木)14:00との発表が。「ヤバイ、明日じゃん。。ここ3週間休みなく働き詰めだったので、何とか登ろう」と調整し、「後頼むわ、ちょっくら登ってくるわ」と15:00に退社。

駅の近くに路駐していた車に戻ると「ありゃ、貼られてる。。」。このキップの意味未だ判らず。8ケ月前にも貼られたが、ネットで調べると「放っとけばいい」とあり、そのままだが何の督促もなし。でも当然イヤな気分。これがこれから起きる不運の前兆だと気付けばよかった。
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帰宅後、ダッシュでパッキングし、高速をぶっ飛ばす。前夜20時から昼15時まで19時間、不眠で働いた続きなので眠い眠い。襲ってくる睡魔に負けないため、眠気覚ましガムを次から次へと口に入れる。計20個ぐらい食べた。

19:00富士宮市に着き、12時間振りの食事。食べ終わると腹の調子がおかしいことに気付き、トイレに飛び込むと、滝のような下痢。空っ腹に、刺激の強いガムを20個も食べたせいである。

その後、いつもの不思議な温泉施設に入る。下駄箱の番号は「不二山」。
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何度も巨大な鹿とぶつかりそうになりながらスカイラインを登り、21:00五合目着 (今日の結果はタヌキ4:鹿10)。 誰一人いない。車から出ると恐ろしく寒い。とても素手ではいられない。見上げればすごい星。富士宮、富士、御殿場の夜景くっきり。3:00にアラームセットし、22:00就寝するも、2:00前にトラブルの電話で叩き起こされ、誰もうれしくない深夜のお祭り騒ぎ。3:00なんとか御神輿を降ろせ、「まぁ、登ろっか」と完全防寒スタイルに変身。ヘッデン付け、真っ暗な登山道を登りだす。8:00頂上、10:00下山開始、13:30駐車場、14:00スカイライン閉鎖に間に合う計算。
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登り出して5分、かなりの雪であることに気付き、アイゼンとピッケルを取りに車に引き返す。富士山の、しかも積雪期の、しかもナイトハイク。危険好きに産んでくれた母親に感謝。
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しかし眠い眠い、半分寝ながら歩いている状況。6合目の宝永山荘。この写真を撮った直後に左足に激痛が走り、「イッテェー!!!」×5の叫び声とともに崩れ落ちる。何が起こったか理解できなかったが、写真に写っている支柱に左ももを思いっきり痛打したようだ。何も見えない極寒の中、半泣きになりながら数分マッサージ。何とか立ち上がるも、完全ビッコ。よく見ると支柱には蛍光ラベルが貼ってあるが、全く気付かなかった。
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「歩いてれば痛みもとれるわ」とタカをくくっていたが、痛みは増すばかり。手袋越しに触っても左ももが若干腫れているのが判る。膝を上げる度、左足に体重を乗せる度に痛みが走る。雪も深くなってきた。所により膝上まで。「全然踏ん張り効かん。頂上なんてとても無理。。。どうしよう。。。とりあえず新7まで頑張って登って御来光だけでも」と。
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鼻水止まらずヘナヘナで、4:40なんとか新7合目御来光山荘2780m。御覧の通りの深雪。ショータイム開始まで40分。死にそうに寒いので、生命の気配も音もない漆黒の世界で雪上足踏み。
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ようやく来た。。。。
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来た。足先痛いので足踏みはエアージョギングに。
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この辺りの色はサイコーだった。地球と太陽が作り出す、言葉では言い表せない色。写真ではこの凄みは全く伝わらない。
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グイグイ来る。。。。足先の感覚がなくなってきている。風も出てきて体感マイナス10度。エアージョギングはエアー短距離走に。
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来た。。。。こんなところで何をやっているのだろう私。
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来た。。。。人間の悩みなど意味がないことを感じさせてくれる。
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来た。。。。宇宙を感じる。
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来た。。。。命を感じる。
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来た。。。。下界に戻りたくないが戻らないと死んでしまう。
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地球はこんなことを、46億年×365日繰り返してきた。1回もサボることなく。
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足は凍傷寸前で歩かないとヤバイ状況。水筒のお茶もシャーベットになっているので血流も凍りだしてるかも。。「頂上目指す?」と自問するも、「どの口がまだそんなこと言うのか!足壊れてますがな、諦めな」の返事あり下山を選択。身体冷え筋肉強張りよけいに痛むため、溶岩道よりブル道を選択し、ビッコひきながらゆっくり降り、8:15駐車場へ。
ある意味よかった。頂上目指し途中で動けなくなっていたら。。。誰かと登っていて自分の不注意のために頂上を諦めてもらう状況にならなくて。。。と自分を納得させた。「でも何か富士山に嫌われたなぁ」とへこむ。
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車のヒーターをかけると強烈な睡魔が。スカイライン入口まで何度も意識が飛び、10回ほど落ちる。正気に戻る度「ヤバイ、本当にヤバイ。何とかせねば、500%事故る。今すぐ車を停めて寝ろ」と脳死状態の脳で命令を出すも、心身とも完全硬直状態。ものすごい重さで閉じようとする瞼。密着したら最後。何度も顔を振り、気力を振り絞り、何とか西白塚駐車場に。秒殺で1時間爆睡。起きると頭スッキリ。「本当にヤバかった。。。」とボーっと目前の大霊峰に見惚れる。
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まだ朝10:00、「時間あるから下道で帰ってみよう」と、国イチまでの道を探る。
前から行きたかった全国1300の浅間神社の総本山浅間大社を通るので寄ることに。大社の駐車場に入るため、メイン道を右折しウロウロしていると、後ろのバイクに停められ、「ここ右折禁止ね、知らないの?停めたからキップきらない訳にはいかないから」と太った警官のどうでもいい仕事への情熱。「イヤな街やね、観光客カモにキップ切って」と捨て台詞吐き、ケチが付いたので参拝もやめ。「ここまで富士山に嫌われたか。。こういう何をやっても裏目にしか出ない日もあるわなぁ」と諦める。どんどん溜まる違反きっぷ。この調子だと1年で365枚溜まる。
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国イチはビックリするほど順調だった。「こういう一日だから、まだ何かあるかも」と注意深くぶっ飛ばす。由比から蒲郡までほとんど止まらず、家まで260kmを4時間で走破できた。昔は渋滞する箇所がいくつもある記憶があったが、バイパスが整備され静岡全域は無料高速道路。これで右折禁止の7000円の半分は何とかなった。
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帰宅後、一週間振りに会ったかみさんに土産話のついでを装い、さらっと二枚の違反キップの話をすると。。。怒られた。

(2016/11/10)

空木岳 (2,864m)


「今年こそは!」と期待していた4年振りの夏休みも直前で幻と消えたが、最後の3日は何とか休める。10連休とっているお気楽な輩をうらやみ「この仕事、本当に夢も希望もないなぁ」と部下に毒づく最低な遊び好き上司。やり場のない負のオーラを払拭すべく、「無理やりでも遊んだる!」と、昔雨で敗退した中ア最難関の空木岳に向かう。
100名山の中でも難易度トップランクの空木みどりさん。伊奈川ルートだろうと、南駒経由だろうと、縦走ルートだろうと、一番楽と言われるこの池山ルートだろうと、簡単にはたどり着けない山。


駒ヶ根高原スキー場を超え、林道を走り、ガタガタ道になって更に20分走り、林道最終地点を目指す。
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22:00林道終点駐車場着。ガタガタ道からカーナビにも載ってない山の中。夜景を見ながら歯を磨いて寝る。
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5:00起き。車15台ぐらい。
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6:00前エントリ。ここから1500m↑/往復20km強のロングハイク。登り返しを考えると1600m↑だろうか。暑くならないことを祈る。
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1時間ちょっとで池山避難小屋近くの水場。既に汗だくで冷たい水が気持ちイイ。水は4L持ってきた。水がなければ人間は死ぬ。
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登っていると「野良牛?」というほどでっかいカモシカに遭遇。おとなしく、威風堂々として、神々しい生き物である。
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大地獄・小地獄など鎖場、ハシゴ場は数えきれないほどあるが、全般的にルートは整備されており、フラットで歩きやすい。その反面、歩いても歩いても全然高度を稼げない。なので急登があると逆にうれしい。急登りまだか❗もっと急登をくれ❗と思うルートも珍しい。
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この辺りから木曽駒方面見えるはずなのに、丁度雲に入り何も見えず。下山者が「上は快晴ですよ」と声をかけてくれる。
高度が上ってくるとさすが高山、涼しい。微冷房かかっているような感じであるが、それでも汗ダックダク。
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中間大幅省略で、10:00、4時間経過でやっと分岐(遅っそー)。「一体どんだけ歩かせるねん!」って感じでヘロヘロ。4時間歩いても、まだ、みどりさんの顔も見えず。稜線は帰りにとっておき、空木平避難小屋に向かう。ここから太陽直下。「もうヘトヘトな上にダメ押しのギラギラ太陽かよぉー。。。。」とへこたれる。
「登山って、キツイほど『私がんばってマス!この仕打ちに耐えてマス』って、M感充満して気持ちイイんですよねぇ」というドM女山友がいるが、私はまだその域には達してない普通の変態である。まだのびしろあるので精進してレベルアップします。
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10:15空木平避難小屋到着。ここで初めてみどりさんとご対面。相当な美人である。あと1.5kmだがかなりの急。「もう無理せずに泊まってこっかなぁ」とも考えるが、水場が干上がっているので、結局小屋までいかないと水は手に入らない。とりあえず、扉を開け土間で30分昼寝。扉を開けたら本物のうつみみどりがいたら、物まね番組のご本人さん登場の比ではないくらいビックリするだろう。
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残り300m↑/1.5km。「まだ昼前だし、天気も崩れるみたいだし、やっぱ弾丸にしよ、残り猿投山様の半分やん」と、再び立ち上がる。しかし、こんな山奥でもネットがつながるとは便利な世の中になったものだ。
日差しはキツイ。子供の頃から真夏の炎天下でも帽子なぞしたことのない野生児であったので被りモノは持ってない。しかし、さすが3000m弱の山、微冷風が吹いているので、汗でベッタベタのタオルを頭から被ると結構涼しい。ちょっとずつ歩を進めると近づく山頂。
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11:30やっとこさ駒峰ヒュッテ。山岳会の人が持ち回りで3ケ月運営している。素泊まり3500円~、水200円、良心的な値段である。管理人さんと長々と談笑。テラス最高。晴れていれば木曽駒方面まるみえの絶景。
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さぁあと100m。「もうお前は俺のものだ、頂上までのこの一歩一歩、ネチネチ責めて愉しんでやるぜぇ」と、歪んだ愛情を内に秘め歩を進める。
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じわじわ責める。(実際、責め苦にあっているのはこっちではある)
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12:00ピーク到着。 途中の昼寝やら何やかやあったが、金メダル級の驚異的な遅さ6.5時間である。
しかし、この「ようやくたどり着いた感」は久々な感じでうれしい。 しんどさと達成感は正比例するのが登山。
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岩も中ア独特の岩である。
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登ってきた避難小屋が小さく見える。 ここまでアミノ酸ゼリー1個と水しか口にしていないが、全く食欲なし。食べれるとしたら、冷えたスイカぐらい。
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南駒方面。雲だらけ。パンを食べるも、とてもじゃないがノドを通らない。顔をしかめながら、グビグビ水で流し込む。拷問。
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木曽駒方面も雲だらけ。。。。もう数時間早く登っていれば、左手に宝剣、右手に南駒という、両手に華の酒池肉林の世界に浸れたであろう。
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13:00下りたくないが下山開始。帰りは稜線歩き。気持ちいいー。
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ランドマーク駒石。結構大きいが、言うほどでも。
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歩く度に小さくなるみどりさんを何度も振り返る。美しい、いい山だった。
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下りも、歩いても歩いても高度が下がらない。何度も言うが「一体どんだけ歩かせるねん!」って感じ。乳酸出まくりで足が痛む。ようやく駒ヶ根市街が見え一安心。結局5時間かかって、ヘッデンのお世話になるギリギリ前18:00に駐車場到着。登山口に向かって一礼。
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「こまくさの湯」で汗を流し、ようやく減ってきた腹に「何が食べたい?」と聞くと、「あさばー、もしくはこってりラーメンでも可」とあり、名古屋に戻って後者を食す。塩分抜けきった身体には染み入る美味さであった。
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本当にキツイ山行であった。避難小屋で一回心が折れそうになったが、何とか登り切った。あそこで靴を脱いで昼寝していたら、敗退していたかもしれない。
夏山は苦手である。高山は涼しいからイイ、陽が長いからイイという話もあるが、先日新城の山で熱中症になり、動けなくなったトラウマもある。やはり、私レベルには猿投山様がいい感じである。
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(2016/08/14)


赤岳@八ヶ岳 (2,899m)

どうせ誰もまともに読まない何種もの報告書を送信し、「帰るぞ!」と勝手に宣言し退社。 私の標語「八ヶ岳、登るなら山梨側から」を実行すべき、19:00家を出発。
最近、山グッズをホイホイ買いまくっているため、高速代節約すべく、後半は下道を使う。 減った腹に「何が食べたい?」と聞くと「あさばー」との返事あり、飯田で高速を降り、王将へ。

153号から恐ろしくグニャグニャな山道を超え、これまためちゃ細い真っ暗な152号をゆっくりぶっ飛ばし、21:45昔ブームになったゼロ地場分杭峠へ。 「例えるなら、巨漢の相撲取りがガブリよつに組み、2つの大きな力がぶつかり均衡している状態」と現場の物知り顔したおじさんに説明を受けた記憶あり。 こんなのを信じて「身体がよくなったんで、毎週京都から来てるんですよ」と言う人や、まことしやかに「パワー水」とやらを売っている人達、どうでもいいです、好きにしてください。 
南アルプス林道入口もぶっ飛ばし、桜の名所高遠城もぶっとばし、152号最後の峠から見える茅野市の超絶夜景もぶっ飛ばし、23:00清里の登山者駐車場着。 疲れたぁ。。 清里に入ってから濃霧で10m先も見えなかったのが気がかり。 ここまでに出会ったのは、シカ5匹、タヌキ4匹でシカチーム優勢。
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4:00起床。 車は10台ぐらい。 トイレはきれいだがウォシュレットが壊れていた。 全国全てのトイレにウォシュレットを整備する法律を制定して欲しいものだ。
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ここからも登れるが、さらに500mぐらい登った登山口駐車場標高1600mに移動。
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ご存知のように、八ヶ岳という山はなく、主峰的なものが8山という訳でもない。 今日は、最難関ルート真教寺尾根ルートで最高峰赤岳に登り、県界尾根ルートで下山する計画。
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駐車場脇から入山。 美し森は本当に美しい。 よく女性で名前に「美」が付いていて、そうでない人がいるが、この森は美しい。
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賽の河原からの牛首さんと右肩に赤ちゃん。 霧が消えていないのでかなり心配。 好転を祈るばかり。 濡れているとこの先の超絶岸壁は登れない。
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高度を上げると、南アくっきり。 いつまでたってもNo2のままの北岳(左端)と男前の甲斐駒(右)。 富士山もくっきり。 こうも眺望がいいと、只でさえ亀登山なのに、さらに歩みは遅くなり牛歩に等しい。(しかし、亀より牛の方が速いか。。)
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7:18牛首さん2280m到着。 お隣尾根の権現岳(2,715m)もいい山ね。 ここまで超歩きやすい登山道で楽勝。
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ほどなく扇山(2356m)で、赤ちゃん全貌と対峙。 いつ見てもかっこいい山である。 さぁ、遊びはここまで。
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木々も低くなり、岩場となる。 日本の宝を背負って登る。 何度も振り返り「きれいやなぁ」とつぶやく。 これが冒頭の標語の意味。 眺望バツグン。
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さぁ、いよいよ延々と続く垂直鎖場の開始。 残り250mぐらいだが1時間以上を要する。 
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みんな天から延びる鎖を頼りによじ登る。
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鎖なしでも登れる似非鎖場とは違い、ここの鎖場は槍レベル。 「女性は無理だろうなぁ」と思っていると、おばちゃんも登っている。 76歳の爺さんも登っている。 この国の未来が心配だ。。。 こうも爺さん婆さん元気だと、社会保険負担は減る訳はない。 ということで、天狗さんスリーシスターズと肩を並べる。 無理しないように、景色を楽しみながらゆっくり登る。
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神経を使いながら、1時間以上、垂直鎖場と格闘。登り切ったと思えば、そこはまだ踊り場。 まだまだ続く。
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ようやく頂上が見えた。 そこまでも結構な鎖場。
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10:50ヒーヒー言いながら山頂到着。 5.5時間。。。情けない。 以前はスピード登山もしていたが、色々考えてこのスタイルに落ち着いたのだからしょうがない。
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パシャ。
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阿弥陀岳(2805m)を見ながらカレーパン一個を食す。何故かクソまずい。 腐ったのか? 飛び回る小虫を避けるため、頭から上着を被り、ipodでハードロックを聴きながら昼寝。 時折寝ぼけ眼を開けると天空の世界にいることが瞬時に理解できない心地好さ。
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右から横岳(2,829m)と大同心、硫黄岳(2760m)、天狗岳(2646m)。 南方面は真っ白で富士山、南アは見えず残念。
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頂上山荘でピンバッチ(600円)とお茶(400円)を購入。 八ケ岳の特徴は山小屋が多いこと。 夏沢峠以南だけでも10ぐらいある。 しかも、営業期間も比較的長く、頂上山荘はGW~文化の日までやっている。
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13:15県界尾根から大嫌いな下山開始。 登りと同レベルの垂直壁を下りる。 鎖場の鉄則は「全体重をかけない、左右にぶれない」であるが、足をフックする箇所もないので鎖に命を預ける。 このハシゴ場も、写っていないずっと上まで延々と続いている。
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1時間弱緊張の連続を超えて、普通の山モードに。
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判っとるわい!
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登りに利用した真教寺尾根が反対側に見える。 真教寺尾根ルートの方が眺望はいいため、結果的には天候が幾分よかった登りに使って大正解であった。
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誰一人会わない山道、林道を無言で下る。 ヘトヘト。 あとちょっとで駐車場というところでタヌキ発見。 夜行性なので昼に見るのは珍しい。 ということで、後半ロスタイムでシカ5匹に追いつきドローに持ち込んだタヌキチーム。 グループリーグ突破である。 結局下りも4時間かかり、17:15駐車場着。 
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帰路も、飯田まで下道をゆっくりぶっ飛ばし、昨晩と同じ王将に辿り着く。 減った腹に「何が食べたい?」と聞くと「あさばー」との返事あるも、2夜連続同じ店で同じメニュは許可下りず(誰のや?)、餃子定食を食す。
久々疲れた。。。 こういう高い山登った翌日は猿投山様に登ってまったりがルーティーンであるが、天気もよろしくないので休もう。 
これからどんどん暑くなっていくので、私としては山モード↓である。 早く雪の季節にならないかなぁ。
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(2016/6/12)

称名滝

副本部長が購入したカイエンの足慣らしを兼ね、日本一の落差を誇る称名滝を見に富山県立山へ。

280kmをゆっくりぶっ飛ばし3時間ちょっとで立山アルペンルート入口に。「ここから中部山岳国立公園」の看板が出ると風景は一変する。
悪城壁、ジュラシックパークの世界。横2キロメートル・高さ500メートルあり、一枚岩の大断崖としては日本一らしい。
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滝までは駐車場からテクテク20分。大日岳への登山口がある。うぅぅぅ・・・登りたい。しかし今日は滝見物。
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うぅぅぅ・・・登りたい。大日まで6時間。いい感じ。 「そんなに登りたければ行って来ていいすよ、私しゃー帰りますから。帰りは自力でお願いします」と副本部長。 柿其アブ刺され事件の際、私が治療法をネット検索していたら、知らぬ間に「美人ラウンドガール」とかをネットサーフしていたのを根に持っているようだ。
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日本一の落差350mを誇る称名滝はこんな感じ。
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見えてきた。ありゃ、水量少ない。 日本一の称名滝(左)より高い、非公式日本一の落差497mハンノキ滝(右)の水量が少ない。 あまりに大きすぎて距離感が判らない。 500mと言われればそうだが、500mの山と比べるとそうとも思えない。
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那智の滝は133m、華厳の滝は97mなので、その落差は比でない。水量もハンパない。
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物見遊山後、どうしても見たかったものがあり立山博物館へ。 
立山連峰の中で、剱岳は明治後期まで未開の地であり、日本地図の中で唯一空白であった。 立山山岳信仰において剱岳(左上)は針山の地獄として描かれ、登ることが許されない山であった。 (初登頂の際、伝説の山先案内人宇治長次郎は山頂を踏まなかったという)
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1907年陸軍測量部の柴崎芳太郎が剱岳に初登頂した際、頂上で発見された錆び付いた鉄剣と銅製の錫杖。これを見てみたかった。これらは1300年前の奈良時代に奉納されていた(=誰か登っていた)ということで驚きである。
博物館の2Fに実物が展示されているが「撮影禁止」。 盗撮を狙うも、さすが国重要文化財指定、お姉ぇーさんが近くで見張っていて叶わず。 想像していたものより一回り小さかった。 剣はナイフぐらいの大きさ。
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今でも毎年100人が遭難する日本最難関と言われる剱山。 まぁ、そのうちに。
「川潜らー」記事にするか、「山登らー」記事にするか悩んだが、登山要素が濃いので後者に。

(2016/5/28)